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犬と人と動物たちの「ことわざ」なるほど面白い

2016.01.23

犬と人と動物たちの「ことわざ」面白い!!

その一 犬のふんについて

 

だいたい「犬」に関する 「ことわざ」は、ことわざ集を見ると8~10件ぐらい出てきます。

これはごく一部ですが、かかわりのある動物もいっぱいいて 

その中から生まれてきているのがよくわかります。

「犬」と併記される動物は「猫」「狸」「鷹」「馬」「ウサギ」「鳥」「狐」など様々です。

そのほか人や事象などについてもいろいろあります。

「ことわざ」は時代、地方性や、お国によって「いぬ」に対する考え方や接し方

扱われ方により相違があることも、おもしろい現象です。

 

「犬」を大切にする国、昔 犬を食用にしていた文化圏などもあり、

総じて「犬」の全体的イメージは良いものではありませんでした。

 

しかし、現代社会においてはいかがでしょう。

今や家族の一員として扱われている現実を踏まえ

「犬」の歴史を考えつつ「犬」をかわなければなりません。

歴史を知ってあげることによって「犬」に対して大切に扱うことができるのです。

 

そんな意味で

ことわざから見てみるのも面白いですね。

 

★「犬のフンで敵を討つ」

卑怯、卑劣な手口で仕返し、報復するということわざです。

犬のフンは汚い臭い、踏みつけると滑るため、

敷き詰めておいて、すってんころりんを想像しますね。

なにも「犬」のフンでなくともよいとは思いませんか?

昭和の初期ごろでも「人」の糞は「堆肥・肥やし」として大切にされた貴重品だったため、

「犬」のフンがこんな扱いをされてしまったようです。

では、その他の動物ではどうでしょう。

 

「馬」「牛」

彼らは草食動物ですから、雑食動物とは違い繊維質な糞であまり

滑らないと思います。

また、その他の動物では小さいものだから量が少なくて

「犬」のフンかり出されてしまっているようです。

 

貧乏くじを引いたのは「犬」というわけであります。

 

類似語に★「暗がりに犬のフン」というのがあります。

暗闇では、犬のフンが見えないから、人に気づかれない、

失敗は知らんふりするというたとえに使われたようです。

 

★「犬のフンに手裏剣」

武士(影武者、忍者)が身を守るために隠し持つ手裏剣を

犬のフンめがけて射ち込む愚か者を言う「ことわざ」です。

変じて、くだらないことに貴重なものを使うという「ことわざ」です。

 

 

★「犬のフンも焼き味噌も一つ」

 

★「味噌もくそも一緒」と同義語です

これは、こじつけです。

犬のフンは色按配が焼き味噌に似ているからほかなりません。

意味はむちゃくちゃな様子のたとえです。

よいものと、悪いもの、きれいなものと汚いものを

ごっちゃ混ぜにするという「ことわざ」です。

 

★「犬のフン説法」

「説法」とは教え論すこと。法を説くことを言います。

枕につく動物にはさほど意味がないと考えます。

 

意味は、他人の説法をそのまま用いて説教するという意味です。

 

犬に説法がわかるはずありません。

しかし、どんな動物でもそうでしょうが、

「犬」は親犬に教えられたことを子供に伝承する習性・遺伝子を持っています。

その辺から来ているようですね。

 

★「犬に念仏、猫に経」、★「馬の耳に念仏」、★「馬事東風」なども

似ている感じの「ことわざ」です

★「自慢のフンは犬も食わぬ」

犬の健康状態は、フンで見分けがつきます。

犬のフンは「硬さ」「色」「量」で

健康状態がわかります。

 

犬は雑食(悪色)動物ですから、何でも食べます。

 

そんな犬でも、「食べないよ!」とそっぽを向くことがあるということです。

今の時代ならありうることですが・・・昔では・・?です。

 

それを自慢していると何れ餌にありつけなくなる。

そのようなことから意味は、むやみに自慢ばかりするものは

何れ誰からも相手にされなくなるという「ことわざ」になったのです。

 

★「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」

夫婦げんかは、内輪のつまらない争いのことで、すぐに仲直りするから、

なまじ他人が仲裁に入ることはしない。

 

他人からすれば、ばかばかしいもので干渉の余地なしという「ことわざ」です。

 

何でもがつがつ食う犬でさえ見向きもしないから

放っておいた方がよいという「ことわざ」です。

 

犬が食わないということは、よほどくだらないと認識した時代のこと。

現代ではそう簡単にすまなくなっている時代です。

 

周知のとおり、隣の喧嘩がうるさいと、揉め事になったり、

夫婦げんかで即正確に不一致とやらで離婚にとなる時代です。

日本では3分に一組の夫婦が離婚しています。

 

 

★「孫を飼うより、犬ころ飼え」

この「ことわざ」は結構新しいようです。

調べなくても、わかるような気がします。

 

じいちゃんばあちゃんがいくら可愛がっても

後々親孝行してもらえるとは限りません。

 

産み育てた両親だって、

孝行を期待しない感覚で育てないと悲しい思いをするだけです。

 

育てて一人前にあげるだけで親の責任は「終了」で「可」とすれば

気持ちが楽になります。

 

孫たちにも、孝行する気持ちがあっても行動が伴わない事情が生じてくるのです。

この辺を理解してあげなければなりません。

 

だから「犬を飼った方がましだ」ということわざの意味です。

 

★煩悩の犬 追えども去らず

犬は人に懐き、猫は場所に懐くといわれています。

犬がしつこく付きまとうのは、人につく動物だからです。

 

追い払っても、追い払ってもなかなか離れ用途しない様子からこの

「ことわざ」が生まれたのでしょう。

 

人の煩悩、欲望は追い払っても、おい払っても

なかなか拭い去ることができないという「ことわざ」になったと考えられます。

 

★「犬は三日飼えば、三年恩を忘れず」に通ずるものがありますね。

 

★「犬猫にも馴染めば良と思うものなり」

可愛がって世話をし、育てれば犬にも猫にも飼い主の

思い・心が通じるものだという「ことわざ」です。

 

仲の悪いことわざには★「犬猿の仲」というのがありますが「猫」とは言いません。

しかし英語では★「Cats snd Dogs」ということわざがあり、

仲が悪いことを言います。

 

お国柄ですね。

 

 

★「犬に論語、猫に経」

いくら立派な教えを聞かせても無知なものには理解してもらえないという「ことわざ」です。

このようなことから効果がない、いうだけ無駄という意味に使います。

 

★「犬は人に付き、猫は場所につく」という「ことわざ」は昔からよく使われています。

「犬」は人に懐き「猫」は場所に懐くものです。

このことわざは万国共通のの思い、考え可もしれません。

 

★「dogs rememder faces Cats places」

意味は犬は人に付き、猫は家に付くということわざです。

 

 

★「犬猿の仲」

単に★「犬と猿」とも言いますが、

仲の悪いもの同士のたとえに使います。

確かに「犬と「さる」は仲が良いとは言えませんが、

昔話の「桃太郎」では、「犬」と「さる」と「キジ」を家来に従えて

鬼が島に鬼退治に行っています。

これはご褒美にもらった「黍団子」が持つ縁だったのでしょうか。

 

 

★「犬猿も主人に従う」

ということわざはこの桃太郎から来ているのかもしれませんね。

しかし、意味は、主人(上司、飼い主)の癖は下の者に移るという意味に使われています。

 

 

★「嫁と姑と犬と猿」

これも、★「犬猿の仲」と同じ意味です。

昔も今も、大なり小なり「嫁」と「姑」の仲に関しては取りざたされていますが、

みながみな  ★「犬猿の仲」にあるわけではありません。

 

譲り合いと相手の立場を理解しあい仲良くやっている方々も大勢いおられます。

そのような方々からは「犬と猿」と同じにしないでくださいと言われそうです。

あくまでも昔から言い伝えのあることわざですのでご勘弁を。

 

 

★「犬一代に狸一匹」

良いチャンスにはめったに出くわさないという意味のことわざです。

犬の一生のうちに狸のような大きな獲物をとるのは、一度ぐらいかな。人間もよいチャンスにはめったに、容易に恵まれないものだという「ことわざ」です。

狸が出たついでに

★「狸寝入り」

ということわざよく使われますね。意味は周知のとおり、起きているのに寝たふりすることのたとえです。電車の中などでよく目にする光景。前に立っているお年寄りにきずかぬふりして、席を譲ろうとしない人(若者)いますよね。

★「ウサギを見て犬を放つ」

同義語に★「兎を見て犬を呼ぶ」があります。兎を見つけてから犬を放して負わせても遅くはないという意味です。過ちを犯しても、まだ取り返しがつくこと、ともいえます。つまり、失敗してから,気付いてやり直しても遅くはないという「ことわざ」です。

要は、状況をきちんと判断してから対策を立てても間に合うということ。あわてず充分熟慮してから行動しましょう。

兎が出たついでに

★「二兎を追うものは一兎も得ず」ということわざ。

二匹を一度にとらえようとすると結果的に一匹も得られないということです。欲張りはいけませんね。

★「犬兎の争い」

当事者(犬と兎)同士の争いをして結果的に疲れ果て、くたばってしまったところを第三者にとらえられ利益をさらわれる例えの「ことわざ」です。

あまり欲張って失敗しないようにしたいものです。★「大欲は無欲に似たり」ですね。

★「内は犬の皮、外はトラの皮」

家では慎ましく、貧しい暮らしをしていても、外に出るときは立派な身なりに整えるという「ことわざ」です。

★「武士は食わねど、高楊枝」とおなじですね。例え貧しい境遇にあっても気位を高くもって、貧しい様子や空腹の姿を見せないよう心掛けたいということです。

★「犬も朋輩、鷹も朋輩」

身分に違いはあっても、同じ主人に仕える者同士は仲間であるという「ことわざ」です。同じ会社の同僚、目上、などに使うとよいですね。役目が違っても同じ社長に仕えていれば同じです。

★「犬骨折って鷹のエサ食」

★「犬骨折って鷹に捕られる」

犬が骨折って(苦労)追い出した獲物を鷹に捕られるということ。苦労して手に入れたものを他人に奪われてしまうことの例えです。鷹狩では「犬」は獲物の追い出し役「鷹」は捕らわれ役。役目が決まっていてもなんとなく釈然としない思いから、横取りされたという解釈になった「ことわざ」です。

人間社会にもよくあることです。

★「誰が先に井戸を掘ったのかを忘れてはいけない」というのがあります。多くの人は先人の苦労を忘れて自分の手柄だけを誇張して威張る人が多い世の中です。最近の話なんですが、最初があってヒントを得てノーベル医学生理学賞をいただいた中山伸弥先生は立派ですね。井戸を掘ってくれた人(ヒントを与えてくれた人)を讃えていました。あのような人間になりたいと思います。

★「犬馬の労」

主人や人のために、力を尽くすことを言います。自分の尽力を犬や、馬程度の苦労だとへりくだっていう「ことわざ」です。

同義語に★「犬魔の労をとる」★「汗馬の労」などがあります。

★「犬馬の歯」

歯は年齢のことです。歳=齢ということで、自分の歳をへりくだっていう言葉です。「犬」や「馬のように無駄な歳を重ねたと謙遜している「ことわざ」です。

★「犬馬の養い」

粗末な扱いをする意味の「ことわざ」です。親を養うのにただおなかを満たしてやるだけで、まったく敬愛の念ない扱いをするということです。無駄飯を食わせてやっているといった感じです。

食事のときは、気持ちの温まる愛情が感じられる食卓にしたいものです。ことわざができたのはおそらく「姥捨て山」「貧農」の時代だったのでしょうね。

しかし現代においても、親子の関係を大切にするという心掛けが、希薄になっている時代ですから特に感じるものがあります。

★「犬馬の心」

「犬」「馬」は一生懸命飼い主に尽くす忠誠心を持っているという「ことわざ」です。飼い主は、動物の気持ちを理解してやることの重要性を感じますね。

★「鶏犬相聞ゆ」

「コケッコッコウ~」と鶏が、「ワンワン!」と犬が盛んにうるさいぐらいに聞こえるということから、狭い村里で隣接して家がかたまっている光景のことを言います。意味は狭い密集地帯を示した「ことわざ」です。

★「鶏鳴狗盗」

狗=子犬のことです。

鶏の泣き声をまねしたりして、子犬のようにモノを盗んだりする卑しい者のことを言う「ことわざ」です。

「犬が西向きゃ尾は東」

当たり前でしょう!  そうです。わかりきっていることを強調していう「ことわざ」です。しかしなぜ犬なのですか。犬でなくてもよいのでは?

夕暮れ時、西に太陽が沈んでいくサンセットを飼い主と一緒に犬が見ている情景が思い浮かびます。犬が一番よく似合うのです。他の動物はすでにねぐらに入っている時間帯です。牛舎、豚舎、鶏舎 いずれも連れ歩く時間ではありません。結局、「犬」ということに落ち着く訳であります。

「猫」は単独行動型動物ですから飼い主と一予に散歩しません。「犬」は飼い主とお散歩する習性が身についているのでピッタリなんですね。

類語に★「雨が降る日は天気が悪い」、★「兄は、弟より年上だ」★「キジも雌鶏は女鳥だ」があります。

★「犬に論語」

訳の分からないものにどんなに良い教えや道理を説いても一向に感じないことです。つまり道理のわからないものには、尊い教えも無意味ということの「ことわざ」です。

犬だけが馬鹿者みたいに言うのはおかしいとは思いませんか。

つまり身近な動物すべてに当てはまるのです。

類義語があります。

★「馬の耳に念仏」★「猫に小判」★「牛に経」★「兎に祭文」

などがあり。これで安心。ワンちゃんだけが割を食っているのではなかったですね。

★「犬になっても大家の犬」

★「犬になるなら大所の犬になれ」

これは、主人を選ぶなら頼りがいのある人にしなさい、という意味の「ことわざ」です。★「寄らば大樹の陰」と同意語です。

★「殿の犬には喰われ損」

勢いが強い者には、道理に外れていても、泣き寝入りしないという意味の「ことわざ」です。

★「犬の遠吠え」

★「犬の長吠え」

弱い犬は、相手から離れて、吠えることから、弱い者や、臆病者が陰で威勢をはって強がったり、相手の悪口を言ったりするたとえとして使った「ことわざ」です。

★「我が門で吠えぬ犬なし」

どんなに弱い犬でも自分の家の敷地だは、威張るものだということわざです。犬の縄張り意識はDNAですから。

★「Every dog is valiant st his own dog」

どんな犬でも、自分の家の入口では勇敢にふるまえるの意味です。外国でも同じなんですね。

★「門の前の痩せ犬」

どんなに弱い者でも後ろに盾があれば強いという「ことわざ」です。これも同義語に当たります。

★「犬も歩けば棒に当たる」

★「歩く犬には棒あたる」

この「ことわざ」は悪い意味と良い意味の二種類の「ことわざ」として使われています。最初は悪い意味でつかわれていたようです。のちによい意味が大勢を占めるようになったようです。

「悪い意味」

・犬はウロウロ歩くから、棒で殴られるようなめに合う。

・なにかことを始めようとすると災難に遭う。

・おせっかいなことをすると災いに合う。

「よい意味」

・何かやっていれば思いがけない幸運と逢う。

・一所懸命やっていれば、思いがけない幸運に出くわす。

★「犬の川端歩き」

何かを得ようとして、うろうろ歩き回ること。お金を持っていないのに店先をぶらぶら歩くことを言う「ことわざ」に使います。

現代風にいうとウィンドショッピングです。

友達に会って「何してるの?」って聞かれたら風流に「犬の川端歩きサ!」というのもいいかもです。

★「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」

よく知られている「ことわざ」ですね。犬は三日(短い時間)飼っただけでも三年(長い間)恩を忘れないということから、ましてや人間は、恩知らずになってはいけないという「ことわざ」になりました。

「類義語」

★「犬はその主を知る」

★「犬は三日飼えばその主を知る」

★「恩を忘れるものは犬にも劣る」

反語に「猫」が使われ割を食っています。損な役割の猫サンの「ことわざ」ですが、猫は人ではなく場所につく動物だからでしょうか。

★「猫は三年の恩をmっ下で忘れる」

★「猫ババ」:拾ったものを黙って着服すること

★「猫に小判」:値打ちのわからないものに価値がわからない。

★「猫に鰹節」:過ちが起こりやすく油断できないというたとえ

★「猫の首に鈴をつける」:良い考えでも実行するのは難しい。

外国の「ことわざ」ですが

★[ I love a dogs」:

惨めな生活を送る。というのもありますから「犬」と「猫」イーブンということで。

★「噛み合う犬は呼び難し」

喧嘩している犬は、いくら呼んでも来ない。このように自分のことで夢中になっている人は、他人から何を言われても分からない状態になっているという「ことわざ」です。

★「犬に三年人一代、人に三年犬一代」

犬みたいにと言われながらも、若いうちは、一生懸命悔いのない働きをして、、老後を楽に暮らす人がいれば、ありったけのお金をじゃんじゃん使い果たして、気が付いたときには無一文になっていて苦労して老後を過ごす人もいるという「ことわざ」です。

★「犬の成長は三日」

犬は成長が早いということです。大型犬で生まれて1年過ぎると

12歳です。一か月で言うと1歳です。

★「飼い犬に手をかまれる」

★「手飼いの犬に手を喰われる」

★「手飼いの犬に足を喰われる」

何れも同じ意味に使われます。要は、日ごろから面倒を見てきて可愛がってきた者に裏切られるという「ことわざ」です。

目を掛けてきた部下や世話をしてあげた相手に裏切られ、思わぬ損害受けることがありますね。会社などではよくあります。後継者にと思って育ててきた人にライバル会社に移籍されてしまったとか。そんなときに、「飼い犬にかまれたとはこのことだ!」ということになります。

同義語に★「飼い猫に手をかまれる」

気分を変えて英語では?

★「A man is in the dog house.」

面目を失う:in the dog house.

意味は、「面目丸つぶれ」です。


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